池波正太郎の剣客商売といえば、「鬼平犯科帳」に次ぐ、彼の代表作だ。テレビ放映版では藤田まこと主演の最近のものが有名。テレビのほうは見たことが無いけど、想像力によって登場人物がより躍動する小説のほうが、きっと面白い。「鬼平」と並行して読まないほうがいい。登場人物が頭の中で混在してしまうからだ。
ストーリーは、剣術ひとすじに生きる白髪かつ、やや好色(元気)な老人・秋山小兵衛(こへえ)と、たくましく剣術に長けたガッシリ系の息子・大治郎のコンビが、江戸の悪事を成敗する物語で、老中・田沼意次を中心とした江戸中期を舞台に描かれている。
小説のいいところは、テレビだと、 老人・秋山小兵衛は「藤田まこと」の姿なのだろうけど、小説で描写されるほうは、もっと小柄で、一見して好々爺だけど、いざというときはぴしっと筋骨整い、剣術や、人並みはずれた運動能力を発揮する。ドラゴンボール的には亀仙人のようなイメージかしら。
本作に含まれている作品「芸者変転」では、火急の用事で急ぎ走る風景に、夜の闇、提灯も持たずに一陣の風のごとく一気に駆けつけるシーンがあり、これが60歳を過ぎた老人か、と思わせられる。
一方で、最近の60歳といえば、まだまだ若い方である。年金が受給されるのが65歳以上になりそう、という時代だ。池波正太郎さんも、こういう時代が到来することを予想したのならば、 秋山小兵衛老人について、もう少し年齢設定を上げていたかもしれない。
時刻の描写について。江戸時代の時刻の数え方が、粋で、良い。「そろそろ七つ(午後四時)」とか。作者による、時間の描写も、かっこいい。「ただよいはじめた夕闇の中に、若葉のにおいがたちこめてい、どこかで蛙(かわず)の鳴く声がきこえた。」このへんの「たちこめてい、」なんて表現は、なんというか、池波ワールドの一端を現しているようだ。江戸時代に吸い込まれていってしまう。吸い込まれて、乗り過ごして降りる駅をひとつ、通り過ぎた。