蝉しぐれ 上 (藤沢周平)

藤沢周平さんの作品を読むのは2作目。「たそがれ清兵衛」では、風変わりな境遇にありながらも、剣術の腕前が確かな主人公が、快活に活躍する短編集を楽しませていただいた。一方で、藤沢周平の作品の中では「一番」とも言われている本作品は、上編を読み終えた感想といえば、青春小説というか、主人公である「牧文四郎」が少年から青年へと成長していく様子、素晴らしい友人たち、淡い恋慕、ライバル、黒幕といった、時代小説を面白くする全ての要素が詰まっているような、素晴らしい小説である。

物語の舞台は、「海坂藩(うなさかはん)」という、架空の藩である。山形県米沢市あたりか、という説もある。藤沢作品には、下級武士が主人公となるケースが多い。「蝉しぐれ」もそうで、文四郎も下級武士の父親を持つ。その父親は、今で言えば、県庁土木課というか、災害で橋が壊れたり、不作が生じたときの、領内の状況を奉行に報告するような役目の仕事をしている。

文四郎の住む組屋敷の裏手には、小川が流れていて、これが重宝されている。物を洗ったり、菜園に水をまいたり。「佐賀のがばいばあちゃん」で島田洋七さんが、彼の実家の裏手に流れていた川が便利で、上流から色々な「宝物」が流れてくる、と紹介していたことがあり、その話を思い出した。上巻の表紙も、その小川のほとりで洗濯物をしている、となりの組屋敷の娘さん「おふく」へ、走り寄る文四郎が描かれている。

上下二巻の長編。登場人物たちの成長、心情の移り変わりが、実に好く描かれている。ただ単に、笑ったとか、泣いたとかいう表現ではなく、体の一部のちょっとした仕草を丁寧に描写することで、それ以上の情報が伝わってくるようだ。文章も一つ一つが丁寧。魅力的な登場人物たちを、いっそう浮き立たせている。良い場面で、次章へとつながる。下巻が楽しみ。

タイトルとURLをコピーしました