藤沢周平さんの小説。医者になるために尊敬する叔父を頼って江戸へ出てきた青年、立花登が主人公。実は大したことのない叔父、口うるさい叔母、跳ねっ返りな従妹。小伝馬町の牢獄の、囚人対応のお医者さんという職業で、日頃は柔道の道場に通いながら、降りかかる難事件に関わっていく。
時代劇小説といえば、豪華絢爛な剣術さばきで、簡単すぎるほどに悪人共がバッタバッタと死んでしまうのが多いけど、この作品では、死者は、ほとんど目にしない。立花登は柔術の使い手、相手にとどめを刺さずに、最後は岡っ引きが捕らえる。剣術シーンに負けないくらい、颯爽としてカッコいい柔術の立ち会いに、なんだか柔道を習いたくなるような気になってくる。
井戸端会議の様子が面白かった。立花登が、現地調査に町に出て、情報集めをする。井戸端に集まる、長屋のおかみさんたち。鶴のように痩せてよく口の動く女性。でっぷりと肥えた女性、しゃがれ声で半畳(?)を入れる女性。笑い声が起き、がやがやと喋り合う。下品な会話に、どっと笑う。情景が目に浮かぶかのようだ。
「叔母は男だけを悪者扱いしているが、孤掌鳴り難し、である。」居候先の叔父の娘「おちえ」の夜遊びは、悪いオトコのせいだ、と叔母は言うが、夜遊びをするおちえにも原因がある。それを叱らない両親にも。世の中すべて、二面性、多面性だらけだ。孤掌鳴り難し。良い表現だと思った。
立花登が若く、おちえやその友だちの遊びぶり、若い下っ引きの直蔵など、全体的に若者が多いせいか、会話も軽快で楽しく、思わず笑ってしまうシーンも多い。小伝馬町の牢獄、立花登の住まいの周辺地図が載っているのも助かる。さほど広い範囲ではないので、ドラクエウォークを片手に、ぜひ歩いてみよう。