剣客商売 ニ 辻斬り (池波正太郎)

池波正太郎の人気シリーズ「剣客商売」の、第二巻。剣術の立ち回りシーンの描写が、とにかくカッコよくて、引き込まれる。目にも止まらぬ早業(はやわざ)の描写など。例えば、「秋山小兵衛、颯(さっ)と動いたかと見る間に・・・小兵衛の腰間(ようかん)からすべり出た、一尺四寸余の堀川国広の脇差しの光芒は、早くも鞘に収まっていたのだった。」

また、物語の出だしの描写も良い。剣客の世界に引き込まれるようだ。「冷え冷えとした夜の闇の中を、提灯を手に秋山小兵衛が。余所目(よそめ)にはとぼとぼとした感じで歩いている。」ここで読者は、これから始まる江戸時代の剣客世界を、まるで上から眺め見るように観察することで、次に何が起こるか、期待が高まる。

例えば、まさに対決を控えた決戦前夜!といった緊迫のシーンの切り替わりでは、「庭の南天の、ふさふさとたれた赤い実に、秋の陽が光っている。どこかで、しきりに頬白(ほおじろ)が鳴いていた。」という風景描写がされている。こういった視覚的な手法は随所で見られる。遠巻きからズームを近づけていったり、後ろに引いていくような、絵の撮り方だ。

ちなみに、この「頬白(ほおじろ)」 というのは、スズメの仲間で、目の頬の所が白くなっている鳥だ。「南天(なんてん)」とは、真っ赤な、小さい数珠のような実を、まるでブドウのように付ける、背の低い庭木。「南天のど飴」でも有名で、赤い実は乾燥させて咳止めとしても処方されてきた。ナンテンは「難を転ずる」ことにも通じるので、縁起木、厄よけ、魔よけとして、古くから庭に植えられてきたそうだ。

こうした知識も踏まえておくと(私もあとで調べたのだけれど)、より面白くなってくる。一方で、例えば海外向けに英語などで翻訳された場合、こういった日本的な風情まで伝えるのは、やや難しいのかもしれない。翻ってみれば、海外小説を最大限に楽しむには、その国の文化も勉強したほうが、良さそうだ。

鬼平犯科帳の方は、何となく推理小説のような趣があるが、こちらの剣客商売の方は、ただの純粋な、立ち回りシーンがやや多い気がする。事件を解決していく心地よさに加えて、剣術による時代劇っぽい対決の描写が面白い。また、二人の主人公の性格が対照的で、そのバランスがときに微笑ましい。途中で読み止まるのが、難しいシリーズだ。

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