坂の上の雲 五 司馬遼太郎

表紙は騎兵の行進だ。日露戦争は中盤へと向かう。ついに日本陸軍は二〇三高地を本格的に攻撃することを決定し、犠牲を払いつつもそこを占領する。そこから見下ろすのは旅順港と、停泊する旅順艦隊。砲撃する位置を見定め、28サンチ大砲で連日のように砲撃を行い、旅順の開城へと繋げた。これに至るまでに二万人に近づく日本陸軍歩兵の死者が出たそうだ。二〇三高地を占領してからの旅順攻略は、日本陸軍にとっては大変に順調であり、ロシア軍に同情してしまうほどの快進撃だ。

やがてロシア軍は旅順要塞での降伏を決定し、日本陸軍へ伝える。陸軍の乃木大将と旅順を守るステッセル大将が会う。双方による、まだ武士道のようなお互いを尊敬する精神が残っていた時代のシーンも特徴的だが、何より、「やっと休戦になる」ことを知ったときの、日露両軍の一般兵士の喜ぶ様子が、とても新鮮に描かれている。

「ともかくも、この惨烈な戦争がおわった」ということで、今まで戦っていた最前線の両軍の兵士が肩を抱き合い、中には旅順市内へ連れ立って酒を飲みに行く例もあったらしい。もちろん軍隊上での風紀違反なのだろうが、それで一つの事件も発生しなかった、という。

この現象をして、司馬遼太郎が言うには、「本来、人間というものが、国家やそういった組織から義務付けられることなしに、武器をとって殺しあうことに向いていないことを証拠立てる事であろう」とのこと。

一方で、欧州へ目を向けると、ロシア海軍のバルチック艦隊がアフリカ周りでやってくるが、それは大変な苦難の道のりのようである。どの寄港地でも、先回りした英国海軍や、それに気を遣うフランス海軍の手配により、十分な休息や石炭補給もできず、大変に辛い航海を強いられている点は、悲哀すら感じる。外交を軽視してきた帝政、臨機応変に動けない体制、老朽化した官僚機構、凝り固まった思想など、ロシア帝国の末期の状態が節々で感じられる。

再び視線を戻すと、旅順の陥落を知り得た奉天のロシア陸軍は、強大な騎兵大軍をもって、奉天付近の守りを増強、日本陸軍の合流を阻止しようとする。それに対抗して、日本陸軍の騎兵である、永沼挺身隊らの大活躍が爽快に描写される。ロシア軍の奥地にまで騎兵を進め、重要な鉄橋を爆破するなど、功績を残した。

勇敢に敵地深くまで攻め入って戦死した日本の中尉や大尉を尊敬してロシアの将軍が墓碑を建てたところ、戦後処理で「そこまで日本軍が占領していた」という理由にされてしまい、割譲の条件で日本が有利になった、という点などは、作者は「それが当時の戦争倫理なのだが、どこか愛嬌すら感じる物語」というように描写している。ロシア陸軍が誇る世界最強のコサック騎兵と、日本の秋山騎兵との対戦の足跡が聞こえてくる中で、次巻へと続く。

タイトルとURLをコピーしました