不死身の特攻兵 鴻上尚史

鴻上尚史さんの、ノンフィクション小説。太平洋戦争の末期に、陸軍の戦闘機の、いわゆる特攻兵として選出されながらも、9回出撃して、9回行き残ってきた、佐々木友次(ささきともじ)さんの物語だ。一年前に図書館に予約して、やっと順番が回ってきた。これを読み始めたのは、中国の四川省(重慶市の隣)への、出張の飛行機の中である。臨場感が半端ないこと、この上ない。

鴻上さんは、人づてに、そうした伝説のような話を聞いてはいたか、やがてまだ北海道の病院で、御本人が生存していたことを知り、コンタクトを取る努力の末に、面会の機会を得る。90歳を越えた佐々木さんから聞き取った話は、別の本では小説にしているそうだが、この本では事実に基づいた報告にしている。周到な執筆準備から、当時の戦闘員たちの心情、理不尽、彼らをとりまく政治的状況(本当に馬鹿な上層部と、現場の精一杯の抵抗)などを、丁寧に綴っている。

なんと、佐々木友次さんのお父様は、日露戦争の旅順での、「白襷隊(しろだすきたい)」の生き残りであったそうだ。強固な旅順要塞ではロシア兵の機関銃が待ち構えている。その砦に向かって無謀にも突入していく白襷隊は、当時の内容陸軍の無謀さの、代名詞のようなものであった。そこで生き残るというのは、なんという強運なのだろう。

零戦による特攻の初期の戦果が故意に誇大宣伝され、誤った奉公へ世論を誘導したこと。いわゆる「大本営発表」は疑って然るべき、ということが、よく学べる。これは現代にも十分に通じるかもしれない。正負発表を鵜呑みにせず、その意図を自分出考えることの大切さを改で認識できる。

大手のテレビ局が戦争特集で放映する、「特攻兵は悲しく微笑みながら飛び立っていった…」といった、国の政策の直接批判を避けるものではない。貸し感や、現場の大尉たちの葛藤やギリギリの反抗、残された家族たちの切実な想いが、ヒシヒシと伝わってくる。

本書の終わりの方に、鴻上さんによる日本人の持つ習性に冠する記載がある。集団我、高校野球、自衛隊のスーダン派兵。特攻隊を生んだ「命令する側」に利するような日本の空気は、現代にも通じているようだ。

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