幕末まらそん侍 土橋章宏

「超高速! 参勤交代」の作者である土橋章宏さんの、日本マラソン発祥の地における侍マラソンをテーマにした、コミカルな歴史小説。この方の作品では走る侍をテーマにしたものが多いようだ。現代人も通勤通学で駅のホームに向けて走っている。いつの時代も私たち日本人は気忙しいのかもしれない。2019年2月に「サムライマラソン」として映画化されたようだ。

時代は幕末。黒船の来航により薩摩や長州の台頭をはじめ、江戸幕府は揺れ始めていた。安政二年(1855年)、今の群馬県にある、安中藩の藩主、板倉勝明(かつあきら)は、藩士を鍛えるために、安中城内からはるか30キロ先にある碓氷峠(うすいとうげ)の熊野神社までを走り通す「遠足(とおあし)」を思いつく。様々な(愉快な)事情を背負って参加する藩士たちが、中山道を走り抜ける、楽しいスポーツ時代小説だ。

各章ごとに、別のランナーにスポットを当てている。マラソンは、トップの一人ではなく、色々な事情や背景を持つランナー一人ひとりが主人公なのだなあ、と思う。家族の繋がりが随所に描いており、心温まるシーンが随所に出てくる。

マラソンは勝敗の結果が全て、という固定観念を、この作品は解消してくれる。マラソンの勝敗は、各個人の物語の一要素でしかなく、むしろ負けることの意味の方が大きいこともある。それはマラソンだけではなく、広く人生における勝ち負けの要素を含む全てに共通することの様にも思える。そう思えれば、もっとこの人生というものは、気楽に面白く過ごせるような気がする。

なお、「日本のマラソンの発祥地」については、神戸市も手を挙げているようだ。1909(明治42)年に、神戸から大阪までの約32キロを競った。公募によりランナーを選抜し、20人の選抜選手が走ったそうだ。いずれにしても、土橋さんは、こうした歴史素材を見つけて題材とし、心の通う物語へと編み上げることが本当に上手である。

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