剣客商売 三 陽炎の男(池波正太郎)

「裸身を湯槽に沈めた佐々木三冬(本作のヒロインだ)に、突然襲いかかる無頼の浪人たち」という紹介文からして、諸兄の関心を集めるだろう。「しかし、全裸の若い女は悲鳴もあげず、迎え撃つかたちで飛びかかっていった」とつづく。表紙の絵も、一糸纏わぬ若い女性が、悪党を一本背負いに投げ飛ばす格好だ。ぜひテレビの実写版も視聴して検証したいところである。

「東海道・見附宿」では、秋山大治郎が、天竜川を夜の闇の中、裸体で泳ぎ渡るシーンもあるが、ただの一行のみの、あっさりとした描写である。池波正太郎さんは、この辺、読者諸兄の気持ちも、よく理解しておられる。

後書きにもあるけれど、第3巻ともなると、読者も登場人物たちへの感情移入が進んでいて、それぞれに愛着を感じられるようになる。息子の秋山大治郎の活躍が、少しづつ増えてくる。剣客商売という厳しい世界で息子を独り立ちさせるために、たまには突き放すように扱う秋山小兵衛の言動や心情にも、温かみを感じる。

隠居宅の建て直し、小料理屋の開店など、物語の幅を広げるための素材が少しづつ増えてくる。浅草近辺から仙台堀の親分が管轄?する深川への展開も。隅田川を渡って(下って、の方が正しい)、富岡八幡宮へ。下町の風景に、人情味のある愛すべき人物が少しづつ増えてくるのも、楽しみだ。幕府の大名たちに対する「全く、世も末である」的な批判もあるが、それだからこそ、田沼意次の賄賂政治の時代があり、言い換えると剣客商売という生業が成立していたのに違いない。

本編に含まれている「嘘の皮」という作品の中には、「真偽は紙一重。嘘の皮をかぶって誠をつらぬけば、それでよいことよ」という言葉が、ある。かなり前、高校の離任式で、ある信頼を集めた先生が学校を離れるとき、例え仮面であっても良き振りをして時間が経てば、それはその人自身になる、という意味の事を仰っていた。学校の先生の話にしては現実的で(まともな挨拶は記憶に残りにくい)、今も記憶に残っている。

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