「三浦しをん」さんの小説。とても珍しい、辞書の編纂をテーマにした小説。出だしから見ると、恋愛小説なのかな?と思いきや、チームワークや仕事観、生き方など、とても濃い内容の小説だ。本屋大賞を受賞した風格を感じる。
不器用な主人公、それを支える周りの人々、そして共有する大きな目標。一つの目的に向かって、少しずつ近づいていく物語だ。タケおばあさんの言葉が、不思議と心に響く。「同じように、頼ったり、頼られたりすればいいよ。あたしだけじゃなく、職場の人ともさ。」 おたがいさま、という気持ちを、もっと自然に伝えられるようになりたい。
特定分野の才能に溢れた人物ばかりでは、ない。それをサポートする人がいるから、事業は大成する。「大切なのは、いい辞書が出来上がることだ。だれかの情熱に、情熱で応えること。気恥ずかしくて避けてきたことでも、そうしよう、と決めてしまえば、案外気楽で、胸踊る思いをもたらした。」会社の同僚として、渾身の力でサポートできるかどうか。サポート役の人物の決意が輝き、勇気ある行動に繋がる。
「ひとつの言葉を定義し、説明するには、必ずべつの言葉を用いなければならない。」 言葉とは、木製の東京タワーのごときものが、互いに補い合い、支え合って、絶妙のバランスで建つ揺らぎやすい塔だ、という。
また、「その言葉を辞書で引いた人が、心強く感じるかどうかを想像してみろ。」という。愛という言葉をひいた同性愛者が、異性同士の感情、と記載してあったら、がっかりするだろう。
興味深い事実として、近代日本の歴史上、辞書の編さんには、公的資金が投入された試しが無いようだ。国によっては、国家の威信をかけることもあるが、そうなると、人々の言いたい思いを伝えるツールではなくなってしまう恐れがある。自由な航海をする、すべての人のために編まれた舟。神保町の喫茶店で読み終えた本書を閉じたら、新しい辞書を、買いたくなった。
舟を編む (光文社文庫)