「普通がいい」という病 (泉谷閑示)

私たちは、あまりにも「~しなくてはいけない!」という言葉に縛られていないだろうか。常識に縛られながら、「自分らしく生きる」ことの意味を忘れていないだろうか。少し前の新書本だけれど、泉谷閑示(いずみやかんじ)さんの本書「普通がいい、という病」は、足並み揃えて歩くことに窮屈さを感じ始めたときに、気持ちが晴れやかになるような良書だ。

葛藤、悩むことの意味。「悩むのは時間の無駄だ!」というタイトルの本がベストセラーの棚に並ぶ昨今では、少数派かもしれない。葛(かずら)と藤(ふじ)が絡まっていることから「葛藤」。意識の中の○という「頭由来の」気持ち、それと相容れない△という「心由来の」気持ち。葛藤することは健康な状態だ、といっている。△を無意識という地下に生き埋めにしていないので、抑圧されていない。

人間の仕組みを、頭、心、身体、というふうに分けてイメージしている。頭は理性の場。心は感情の場。さらに、身体は「自然」につながっている、と図示する。二元論を基礎とする頭の「すべき、してはいけない」が、心の「したい、したくない」をコントロールすること、それが「身体」につながっていること、など。効率第一の生き方が褒められるような昨今に対して、様々な別の観点を投げかけてくれる。

ところで、この本とは別の話だけれど、「まだ大人じゃない、社会は変えられないし、議論もしない : 希望なき国の18歳」という見出しの記事があった。2019年に日本財団が世界9カ国で9000人の若者を対象に実施した「18歳意識調査」で、日本は「将来、国が良くなる」と考えている人が1割以下、「自分の力で国や社会を変えられる」と考える人も2割未満だったそうだ。

フォーブズの記事に、本書の著者である泉谷閑示氏の見解があった。人間というものは、ある程度満たされてくると、所有や成功、権力などへの執着が徐々に弱まってくる。このような「醒めた」メンタリティも、人類としての「一種の成熟」と言える側面もあるのでは…と言う。

調査結果から見える最近の若者像として、何かや誰かのために「有意義なことをする」という価値観から、自らが「意味があると実感できること」を重視するように変わってきている、とも言っている。と言われても、あまりピン!とこないのは、私も古い方の世代に属するようになったからなのかな…なんて思う。

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