別の本の紹介で興味を持ち、図書館で借りてきた。町田康さんのデビュー作品で、何しろ文章が面白い。主人公といえばいいのか、一人称で語り続けるこの若者は、見るからにぐうたらで、仕事もせず、嫁さんにも見切りをつけられ、何もせずに毎日を惰性的に過ごしている。散らかった部屋の中を見渡すと、大黒様の置物がみつかって、何となく気に入らないので、それを捨てに行く、ということから物語が展開していく。
「何しろこの腐れ大黒ときたらバランスが悪いのか、まったく自立しようとしないのだ。最初のうちは自分も、なにしろ大黒様といえば、福や徳の神様だし、ああ大変だ大黒様が倒れていなさる、といちいち起こして差し上げていたが、何回起こしてやっても、いつの間にか小槌側に倒れていて、そのうえふざけたことに、倒れているから当人も少しは焦ればいいものを、だらしなく横になったままにやにや笑っている、というありさまで、全体、君はやる気があるのかね、と問いただしたくなるような体たらくなのである。」
上の長い文章は、一息に、読み点だけでつながっている。別の本にも紹介されていた、一文だけど、これだけでもストーリーを推察できる。「くっすん」とは、この若者(だろうか)の名前である「楠木」から、その友人が名づけたものだ。ストーリーを読み進めていくと、実際には大した出来事は起こっていないのだけれど、この「くっすん」の一人称によって事実と感想と虚妄とが入り混じって展開するので、そこそこに不思議な魅力が糸を引くように思える。
薄い文庫本で、「くっすん大福」「河原のアパラ」の2編が収録。2002年が初刊の、やや古い小説で、デビュー作品にしては、図書館を探しても、なかなか見つからなかった。個人的には、登場人物たちに対して、感情移入できるようなところも少なく、とても人生の役に立った!という読後感とは、ずいぶんと遠いところにあるけれど、文体が面白く、へえ、こんな書き方もできるのだなあ、という、小説というメディアの持つ可能性について、理解が深まるかもしれない。