下巻では、18歳の凛々しい若者へと成長した主人公「牧文四郎」と、剣術道場での交流試合の場面「天与の一撃」から始まる。毎年開催される、彼の通う「石栗道場」と、相手方の「小野道場」との奉納試合は、交流親善が建前だが、実際には双方の面子をかけて争われる、一大イベント。竹刀を用いた三本勝負で、5人によるチーム制というのも、近代的スポーツ青少年っぽくて、爽やかで良い。ただし双方、それぞれの利益が絡んでおり、今後の物語展開の重要な鍵を持った設定だ。
剣術試合の描写は、まるでスローモーションで両者の動きを観察できるかのようだ。藤沢周平さんの筆力は素晴らしい。時代劇小説の格好良さは、こういった戦闘シーンにある、と思う。恐るべき神速の技。それを迎え撃つ華麗な竹刀さばき。うーん。今さらだけど、剣道を習いたくなってきた。中高生の頃の、汗臭い道具の思い出しかないのが、もったいない。
少し、調べてみた。八相の構え(作品中では「八双の構え」)とは、剣を上段に上げて、垂直に担いだような、野球でいうとバッターが打席で弾を待つときのような構えをいうそうだ。青眼の構え(作品中では「青眼の構え」)とは、剣の先を相手方の目に向けた構えで、どのような動きにもスムーズに移行できるそうだ。これらは「五行の構え」といって、流派により違いはあるけれど、剣道やなぎなたでは、基本中の基本、のようだ。
最後の一章の名前は、蝉しぐれ。その様子は、表紙を参照されたい。まさに一人の青年の青春を書き切った小説であり、最高傑作と呼ぶに、まったく異論のない展開だ。今風で言うと(会社の同僚いわく)、「エモーショナル」な作品だ。この、完成感。藤沢周平作品の最高峰。ぜひ、一読いただきたい。