鎌倉うずまき案内所 青山美智子

鎌倉の街角の風景に、なんとも温かみのあるお話が、重なり合うように集まった小説だ。青山美智子さんによる、2019年の最新の小説。「鎌倉うずまき案内所」の登場人物たちは、それぞれ性別も年齢もぜんぜん違うけれど、誰もがどこかで共感してしまうような、ちょっとした迷いを持っている。道に迷ってたどり着いた、鎌倉うずまき案内所。おじいさんたちとアンモナイト所長との出会い、「はぐれましたか」というフレーズ。久しぶりに良い本に出合えた。新聞の書評に感謝している。

「あそこでの僕は早坂瞬ではなく、「蜂文社」だ。」有名なSF作家、洒落た喫茶店のご主人、若者に人気のあるブロガーなど、「自分の名前ひとつで身を立てるスペシャリストたち」に囲まれた、会社員の一人。不思議な路地に迷い込み、辿り着いた先にいた老人に「はぐれましたか?」と聞かれて、そうだ、と気づく。僕は今、はぐれている。あの会社から。自分のやりたいことから。

作者が繰り返し伝えたいことは、「今を生きる!」ということ、のような気がする。「何かを残すためじゃなくて、この一瞬一瞬を生きるために、私たちは生まれてきたんだよ。生きるために、生まれてきたんだよ。」「 流れ着いた先での、そのつどの全力が起こしてくれるミラクル。思いがけない展開で次の扉が開くのがおもしろい、という。そのつどの全力の結果、俺は今ここにいるんだ。 」

ダジャレが多く出てくる。ダジャレは日本人が考えた素晴らしい文化。ダジャレを用いて様々な局面を乗り越え、幸せであるようにと祈りを込め、豊かな心を育んできた。言霊の効力を信じている・・・いや、知っているのだ、という。言葉にして口に出すと、不思議とそのとおりになることがある。登場人物たちの心理描写は、女性作家の視点で、優しげに柔らかい(私が時代小説を読みすぎているせいかも)。

小説の子供が使っているiPhoneが壊れたので、アップル丸の内へ持ち込み修理に訪れ、待ち時間の間に読み進めた。引き込まれるような面白さで、周囲の雑音も気にならなくなり、予約をした時刻よりも大幅に遅れた受付だったけど、特に文句を言う気持ちにもならなかった。 申し訳無さそうにしている店員さんも、周囲の大勢のお客さんも、色々な人生の「うずまき」なんだだ。一瞬だけかもしれないが、優しい気持ちになれるな気がした(その一瞬の積み重ねが大事!とも。)世代を問わずにお勧めしたい。

タイトルとURLをコピーしました