きっかけは「上京物語」の推薦図書リスト。恥ずかしながら、歴史小説をはじめてきちんと最初から読んだ。豊臣秀吉の人生を通して、戦国時代の風景を概観することができた。今まで断片的な知識として有していた個々の戦国時代に関する記憶が結ばれるような思いだった。豊臣、織田、徳川といった、名だたる主要な武将が登場する。なるほど、こういう場面で活躍した侍たちだったのか、という新しい発見があった。
上巻である本書は、豊臣秀吉の重要な知恵袋であった竹中半兵衛が亡くなるところまでが書かれている。背景描写が丁寧なおかげで、初心者にも読みやすい。尾張人や三河人の性格、風土の違いなど、歴史小説を読み進める基礎知識も身につく。主人公の呼び名が、日吉丸、猿、藤吉郎、というように変わっていく。彼は、日本史上もっとも巧みに人の心を捉えた「人たらし」の天才なのだそうだ。本当に何も持たないゼロ(マイナスかも)の状態、泥の中から這い出すような奇跡的な人生だ。商人としてのセンス、斬新なアイデアを実行に移せる行動力。子供のときから青年にいたるまでの彼の物語であり、読んでいて爽快な気分になる。
司馬遼太郎の独特の観察眼によるものだろうか、主人公の性格が、とても憎めない、愛すべきものとして浮かび上がっている。一方で、自分自身の性格の持つマイナスの部分を自覚しつつ、葛藤しながら、それを乗り越えようと前向きに気持ちを繋げ、幾多の苦労や危険にも明るく挑戦していく姿には魂が震える。天運としか思えない何か大きなものに導かれるように、こんなにも激動の時代を大らかに、波乱万丈に生き抜く姿を、美しい日本語の表現が素晴らしく描写している。
司馬遼太郎は大変な勉強家だ。よくぞここまで仔細に歴史の背景や社会風土を調べ上げ、戦国武将たちの心情を観察し、それを生き生きと人物たちの心情や振る舞いに反映させたものだ、と感動せざるをえない。彼はまだまだ多くの作品を書き残している。これから先に、他の作品を読むのが楽しみになる。