「清く貧しく美しく」(石田衣良)

タイトルと表紙の写真が、小説の内容を的確に表している。外資系ネット通販大手の倉庫で働く30歳のアルバイトの男性と、スーパーでパートをする28歳の女性を中心としたお話。つつましい生活ながらも、小さなアパートで幸せに暮らしていたけれど、30歳という節目の年齢を迎えて、男性は焦りを感じ始める。

読み進めていくうちに、中盤あたりから何となく物語の方向性が見えてくるけれど、最後の方は急展開で、良い感じにストーリーを振り切ってくれる。彼らなりの幸せの選び方は、まぎれもなく、目に見えない壁で隔離されつつある現代社会に生きていく多くの人にとって、一つのキラキラとして優しい回答だと思う。

石田衣良さんは別のインタビューで、「自分の中に閉じこもって闘える人って、芯は本当に強いと思います。弱さの中にこそ、絶対的な強さがある。」と語っている。「強さは弱さ、弱さは強さ」というフレーズも作品には登場する。お金があることや、正社員であることは、その人の属性の、本当に一つでしかない。それにこだわらないで生きることができたなら、なんて自由で幸福だろう。

「小説よりも実用書の棚が圧倒的に増えているけれど、一見遠回りのもののほうが、役に立つと思うんです。 小説を読んで、自分の心を強くしていったほうがいい。 むしろ、コスパが悪いこと―― 無駄なことや危険なことの中に、人生の楽しいことは全部詰まっているはずなんです。」

一方で、この小説を楽しんで読める読者層というのは、どういった人たちなのだろう?非正規雇用の人?正社員の方々?主人公たちのような幸せなカップルは珍しく、むしろ102号室や103号室、上の階の人たちのような境遇の人たちのほうが、多数派なのではないだろうか。現実を再確認することは、気が滅入ってしまうのでは? 石田衣良さんは、幸せに生きていこうとする二人の決断に、大多数の若者たちの未来を重ねて、希望を託しているような気がする。

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