すごい。なんなのだろうか、この読後感は。そしてこの世界観。日本人にはあまり免疫のないこの作品の世界観は、ファンタジーとか、スピリチュアルとかいった表現ではシンプルに言い表せない、色々な物語の原点を見たような気がした。
羊飼いの少年が、宝物を見つけるまでの冒険物語である。多くの困難、挑戦、感動、絶望に逢いながらも、それは次なる感動や出会いに繋がるための要素でしかない。少年は彼の、心の声と対話できるようになり、そして身の回りに起きたことを「前兆」として感じ取れるようになる。
本当に波乱万丈な物語だ。最後まで気が抜けない。そして、少年が成長していく姿も立派である。大変な経験をしながらも、そして迷いながらも、前向きに人生に必要なことをひとつずつ学んでいく姿は、常に応援したくなる。
大いなる力、というものが語られている。「私たちが今の自分より良いものになろうと努力すれば、自分のまわりのすべてのものも良くなるということを、彼らは教えているのです。」マクトゥーブ、「それは書かれている」という言葉や、「前兆」を信じて行動すること、「砂漠の女」の考え方など、随所に魂が震えるような宝石が散りばめられている。
私たちは、パン屋であること、クリスタル屋であること、世間体として考える「安定」を理由に、心の声に耳を傾けなくなってはいないだろうか。そうでなければ、声は小さくなってしまう。
世界中で150か国以上に翻訳され、米国政府大統領やセレブレティも愛読しているという。何か一つを選ぶとしたら、この本ではないだろうか。色々な作品の原点であり、30年を経過しても全く色褪せないどころか、輝きを増しているかのようだ。とにかくも、すごい、という本である。
同じような雰囲気を喜多川泰さんの「賢者の書」からも感じられる。サイードとサンチャゴの人物像が重なる。両者とも求めるのは宝物や賢者だが、それが具体的に何かは、両者とも知らない。出会いと経験が人を成長させることを改めて気づかせてくれる。