剣客商売 十 春の嵐(池波正太郎)

剣客商売、初の長編。いわゆる謎の連続殺人事件に巻き込まれる、秋山親子と仲間たち。「秋山大治郎だ」と名乗りながら、幕臣達を切り倒していく「頭巾の男」の行方を追う。

老中である田沼意次(小説の中では、秋山大治郎の義父)と、それに対立する、御三卿のひとつ松平家の松平定信(のちの将軍)。松平定信は「寛政の改革」で有名だが、それはもっと後の時代の話になる。

本作では、「傘徳」こと、傘屋の徳兵衛による地道な働きが光っている。女武芸者で手裏剣使いの杉原秀、深川のウナギ売りの又六など、今までの作品の登場人物たち揃って登場。オールスターシリーズのよう。

秋山小兵衛は言う。「そもそも、人間という生き物が、矛盾を極めている。」肉体の機能と頭脳の働きとが一つに溶け合わず、それで苦悩している。「まだしも、獣の方が、正直に出来ているのさ」という。「矛盾だらけの人間が作った世の中」だからこそ、味わいが深い。

全体的に、謎を追っていくミステリー的な展開で、本作品シリーズの見せ場の一つである、剣術による格闘シーンが比較的少ないようだ。正月から春先にかけての、季節の移り変わりに関する描写を探してみるのも面白い。食事に関するところを読んでいると、お腹がすいてくる気がする。

長編の良いところは、物語をゆっくりと進められるところだと思う。短編の場合は、伏線の張り方、登場人物の言動などに、無駄がないけれど、ちょっとした「遊び」を置く空間もない。本作では、直接ストーリーに関係のない、脇役たちのコミカルなシーンも多く、そんなところも楽しめた。

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