さて、牢獄勤務成年医者の立花登が活躍する藤沢周平さんの代表作(と個人的に思っている)第3作目。立花登と「おちえ」さんとの距離感も気になり始めてくる。ほぼ一人前の医者であり、出張診断や牢獄勤務もしっかり仕事をする傍ら、「先生、ちっと頼みごとがあるんで・・・」と囚人から言われ、「囚人の目には、切実なる思いが感じ取れた」みたいな感じで心を動かされ、断りきれないことからはじまる物語が、今回も始まった。
さて第三巻の立花登は、なんとなく積極的な行動派として描かれているようだ。「白い骨」では、怪しい場所へ単身で乗り込み、疑わしき者を、得意の柔の技でメッタメタに打ちのめした後、彼を先導して悪党の巣窟へと殴り込み、一網打尽にせん!という意気込み溢れる場面がある。およそ一介の牢屋医者とも思えない。
別の話では、中途半端に悪いことばかり重ねてきたが、何となく憎めない高齢の囚人が出てくる。こういう「悪いけど憎めない好人物」の書き方が、とても上手だ。十数年前に家を飛び出し、家族いるのだが、変に意地を張って、買えることが出来ない。「女房子供に誇るべき何者も持たない男にとって、家に戻らないことが、ただ一つの誇りであった」なんていう節には、現代にも通じる、なんとも言葉にできない寂しげな感情だ。
同じように、例えば牢屋の内部で不審な死人がでたりするが、役人たちは、面倒ごとを嫌がるので、それを本格的にも調査しようとせず、牢名主も「何も無かった」とし、こっそりと牢屋番に賄賂を渡す。そして牢屋内はいつも通り、平和が保たれる、という訳だ。立花登も「こうであってはならない」という状況だが、「事なかれ主義」に通じるものを感じる(自省もあります・・・)。
そんな葛藤を抱え、悩みつつも、成長していく好青年、立花登。シンプルな勧善懲悪ではない、庶民たちの複雑な事情も絡んだ「市井もの」というジャンルは、より身近な感じがして、面白い。
愛憎の檻 獄医立花登手控え(三) (文春文庫)