本書は「衝撃的と言ってもいい光景」を著者が目の当たりにしたところから始まる。2017年5月、2年ぶりに訪問した深圳。地下鉄に乗ってとある場所へ向かう途中、駅構内で身体障害者の男性ホームレスが物乞いをしているのを見かける。中国の物乞いと言えば、地面に座り込んで目の前に茶碗を置き、通行人から恵みを乞うのが一般的な姿だが、50代と見られるその物乞いは、茶碗の隣にQRコードを印刷した1枚の紙を置いていた。しばらくすると、スマホを手にした男性が現れ、それを地べたに置かれたQRコードにかざした。物乞いへの施しがスマホにより行われているのである。
QRコード決裁に始まり、タクシー配車、レストランからの出前、レンタル自転車から名刺交換に至るまで、スマホは中国の生活風景に溶け込んでいる。こうしたサービスを中国に広めたのが「バイドゥ」「アリババ」「テンセント」といった中国の新興企業たちである。これらの名前は最近、日本のメディアでもよく見かけるようになった。本書は1社あたり1章を設けて、こうした企業の他、世界の空を舞うドローンを製造するDJI社、自転車シェアサービス最大手「モバイク」など、今をときめく主要な中国の新興企業9社を紹介している。
企業設立の背景、現状を変えたいという創立者の熱い思い、規制やライバル企業との戦い、目指す将来の姿まで、読みやすい語り口と、分かりやすい解説で読み進めることが出来る。さすがに長年にわたり中国企業を研究してきた著者である。単なる企業の紹介集ではなく、これら新興企業の相乗効果によって中国のニューエコノミーがダイナミックに形成されていることが理解できる。本書は血の通った若き創業者たちの情熱立志伝であり、未来地図でもある。
著者は本書を「これからの日本経済を背負って立つ若者」に対して「創業意欲をかき立てるためのヒント」になればと述べ、「日本の若者たちにとって今の中国の実態を理解する一助に」なればとの期待を寄せている。手軽に章ごとに一読できる新書版であるため、最新動向や基本的な知識を身につけておきたいと考えるビジネスパーソンの諸兄にとってもありがたい。