そもそもは、喜多川泰氏の「上京物語」の推奨図書リストにあったのがきっかけだった。南部(岩手県)盛岡藩を脱藩し、新選組隊士となった、吉村貫一郎という人物を題材とした時代小説である。新選組で静かに活躍しつつも、稼いだ給金を祖国へ全て送ってしまうことから、「守銭奴」や「出稼ぎ浪人」などと呼ばれた彼の人生。物語は、聞き手が後の時代になってから、彼に関係した人々から伝聞として聴取し、それぞれが一人称で語る、という独特なスタイルで振興する。
不勉強なもので、「新撰組」とか、「戊辰戦争」、「鳥羽伏見の戦い」というキーワードを、歴史の教科書でしか見聞きしていなかったが、この本をきっかけに、より深く、というか、多くの登場人物を通して、多面的に理解することができた気がする。
まず、これは作品であり、フィクションの要素も多いが、時代背景の検証をはじめ、作者による十分な事前準備を踏まえて描かれており、たいへん現実味がある読み物になっている。
この作品の主人公である、吉村寛一先生の思い。今であれば「家族を大切にする」という価値観は、当たり前だと感じるかもしれないが、当時はそうではなかったようだ。忠義とか、武士道といったものが優先され、そのような感情は武士として女々しいと思われていたようだ。そんな時代に合っても、家族を中心にした生き方を貫こうとした主人公の生き様には、心を動かされる。
そんな主人公と、人生の一部を共有した人たちも十分に魅力的だ。武士、中間(小間使い)、商人などの様々な身分の人たちが、後の時代になってから懐古するように、「明治のご維新の時、あのような時代だから仕方が無かった」という時代。そんな時代の中で、一人で信念を貫く吉村貫一の主人公の姿を目にして、色々な化学反応を見せる。小説ではあるが、それぞれの立場の心情を見事に描写する、著者の力量にはとても感服した。
大変な時代があり、そこに色々な考えの人たちがあり、時代を精一杯生きる人たちがいた。これは現代でも同じであろう。主人公の不器用な思いが、盛岡言葉(なんと暖かいことだろう。)に包まれて、心温まる作品になっている。長編ではあるが、人生のどこかで、ぜひ一読をお勧めしたい。