「役目を減らすことは、や役人の席を奪うこと。己の存在意義と既得権益をめぐり、武士たちは熾烈な競争を広げた。」少し前の、日本の一部の行政職は、たしかにそうだったかも知れないけれど、今は先立つ税金が先細り、中央省庁も地方政府も、無駄な役職は殆どなくなった(ように思う)。江戸時代に存在していた、役人たちの役職を面白く紹介する、上田秀人さんの短編集だ。
冒頭の紹介では一章くらいの分量を割いて、ご本人が職業感を述べられている。とても良く調べられている。池波正太郎さんなどの先達が、奉行や同心などの主だった職業の主人公を書ききっているので、やや後発組としては、マイナーな職業に光を当てることに特化した、という。これは良い視点だ。こういうニッチな市場を開拓しながら、とても多くの参考文献に目を通し、小説に仕上げるために、時代検証を進めるのは、かなり大変だったと思う。
私たち一般庶民の職業も、決して毎日が波乱万丈のドラマ的なものではない(現実的には平穏が一番なのだけど)。この小説の主人公たちは、鬼の平蔵や秋山大治郎といったヒーロー的な主人公というよりも、どちらかといえば、その職業役割上の致し方ない、その悲哀的な心情に読者として(勤め人として・・・)共感してしまうような方々の方が、多い。
表御番医師、奥右筆(おくゆうひつ)、目付、小納戸(こなんど)。将軍の住まわれる江戸城に勤務する彼らの仕事は、とても気を使っていたようだ。ちょっとした失敗があり、将軍の機嫌を損なえば、まさに文字通りの「クビ」になる。江戸時代の役人仕事の知識が増える。江戸時代も大変だったのだなぁ、という気持ちにはなれるし、勉強になる。一般的な時代劇小説のような爽やかな読後感は、あまり感じられなかったけど。上田秀人さんの他の作品も、読んでみたくなった。